多崎礼『叡智の図書館と十の謎』:短編集”風(ふう)”の挑戦作でした
短編集のようで、短編集ではない。
深遠なテーマを孕んでいながら、エンタメ性にも富んでいる。
作家性の引き出しを次々と開けるような、わくわく感。
本格ファンタジーの新旗手による意欲作
多崎礼『叡智の図書館と十の謎』の帯紙より
このアオリに誇張はありませんでした。
『レーエンデ国物語』の著者でもある、多崎礼先生の『叡智の図書館と十の謎』。
まごうことなき”意欲作”のご紹介です!
『叡智の図書館と十の謎』の4つの魅力
公式からの作品紹介は以下の通りです。
逃げるか、死ぬか、答えるか。十秒以内に決定せよ――長い旅路の末、伝説の図書館へとたどり着いた旅人に、守人は謎をかける。鍵となるのは十の物語。扉を開き、森羅万象に通じ、神に等しい力を手に入れることは出来るのか。本格ファンタジーの新旗手による意欲作!
Amazonの作品紹介より
装画・六七質/挿画・田中寛崇
プロローグ・エピローグを新たに書き下ろした完全版
「逃げる」or「死ぬ」に加わる第3の選択肢が、「戦う」でなく「答える」なところがこの作品のポイントです。
謎に答えるために必要な要素ってなんでしょうね。
知識か、思考力か。
後者の場合、優先すべきは論理的思考か道徳的思考か。
そんな感じに、たくさんの”選択肢”が描かれた作品のようにも感じられました。
10の物語を楽しめます。有り体な形容を失礼しますが、どれも珠玉です。
そして、そんな珠玉を、美しい宝箱に精緻に並べたような一冊に仕上がっていました。
僕は読了後、以下のようなポストをしました。
叡智の図書館と十の謎(多崎礼) #読了
— エン📚 読書と執筆 (@kuzumien) June 23, 2024
帯に「意欲作」とあるが……
まさにその通りで、なんとも形容しがたい
おすすめポイント▼
・短編集の感覚で読める
・でも断じて短編集ではない
・多崎先生の筆致が堪能できる
・”テーマ性” が極めて高いのに ”エンタメ作品” として成立している
すごいな… pic.twitter.com/IL6is0CfFX
ポストだけでは伝え切れなかったので、この先は4つの魅力をお伝えさせてください!
①「短編集」に分類、できなくもない……?
お伝えしているように『叡智の図書館と十の謎』には10本の物語が収められています。
なので短編集の感覚で楽しむことが可能。
どれも完成度が高いです。
短編とは思えないほど、どの物語にも、どっしりと根を下ろした設定がうかがえて、なんというか……安心して物語に没入する感覚を体験できます。
②でも決して短編集ではない
短編集のようだと紹介しておいてアレですが、『叡智の図書館と十の謎』は短編集ではありません。
ここは声を大にしてお伝えしたい点ですね。
というのも、この10の物語たちは、とある形で美しく繋がっていくんです。
ネタバレしたくないのでこれくらいにしておきますが、帯紙にある「意欲作」たる所以はここにあるのだと思います。
③多崎先生の多才ぶりを堪能しよう
10の物語はどれも奥深く、本格ファンタジーの作家ならではの豊かな表現に溢れています。
加えて、どの物語にも特有の色があって、ほんとうに同じ作家が書いているのかと疑いたくなるレベルです。
そ多崎先生の執筆歴を見て納得しました。
「工学部で画像工学を教えてくれる大学」卒業後、広告代理店に入社したが1年半ほどで辞職。その時初めて真剣に小説家になろうと決心する。以降アルバイトを続けながら17年間投稿生活を続ける。書店員を11年続けている間にデビューを果たした。
ウィキペディア「多崎礼」のページより
※2024年6月時点のウィキペディアからの引用です。ウィキペディアは誰でも編集可能なサイトであり、情報の精度を担保できないことをご理解ください。
多崎先生を2023年の『レーエンデ国物語』で知ったという人も少なくないと思いますが、2006年のデビューまでに17年もの間、賞への応募に挑戦し続けていたそうです。
僕自身、10年以上小説を書いて賞にも応募している身なので何だか勇気をもらえますし、僭越ながら応援したくなります。
(僕の場合は書けない時期があったりブログをやってみたりと、小説執筆に注力し続けているわけじゃないのでエラそうなことは言えませんが……)
10の物語はどれも、多崎先生の努力と才能由来の地力を感じられるし、豊かな経験によるバリエーションも堪能することができます。
ベテラン作家の、作家性の引き出しを次々と開いていくかのような1冊は必見です。
④多くの作家の苦悩「テーマを嫌味なく……」への一つの解答
ストーリーやキャラを楽しみたいと思う読書家は多いと思いますが、テーマを目当てに小説を選ぶ読書家はほとんどいないと思います。
テーマは、作者がコレだと明記するものではなく、読んだ人が副次的に感じ取るものですもんね。
書く側としては、このギャップがほんとに悩ましいんですよ。
テーマを決めた上で作品を書きたいと思ったとき、それを強調しすぎてはいけないわけですから、さじ加減と見せ方が極めて難しい。
そんな難問への一つの解答こそ『叡智の図書館と十の謎』だと思いました。
この作品、わりと直接的にテーマを示唆しちゃってます。
なのにちゃんとエンタメ作品として、ストーリーとキャラも楽しめるようになっています。
物語を純粋に楽しむ事ができる。
それとは別に、否が応でもテーマについて考えさせられる。しかも嫌味のない形で……!
そういった点にも注目してもらえると、この作品をより楽しめると思います。
『叡智の図書館と十の謎』はこんな人におすすめ
僕が思う、『叡智の図書館と十の謎』をより楽しめるであろう人は以下の通りです。
- 異なる複数の物語を短編で楽しみたい人
- 短編だけど短編じゃない”意欲作”を体験してみたい人
- 物語の世界観に深みを求める人
- シリアス傾向の物語が好きな人
- 多崎先生の作家性を堪能したい人
シンプルに面白おかしく笑える作品、ではなくて、奥深く考えさせられる作品です。
短編の感覚で休み休み読むこともできるので、ぜひ腰を据えて楽しんでください!
『叡智の図書館と十の謎』の個人的感想
(ネタバレ最小限)
ここから先はもう少しだけ踏み込んだ感想になるので、未読の人はご注意ください。
(あからさまなネタバレはしていませんが)
僕は1週間くらいかけて、一つずつ短編を楽しみました。
どれも重厚な物語なので、一気に読むというより、物語ごとに余韻に浸る読み方がおすすめです。
そうすれば、おのずとテーマ性を満喫することにも繋がるかと。
そして10の物語はどれも世界観やテーマが差別化されていて、これを書き切る多崎先生の力量に驚かされてばかりでした。
しかもそれらが後々、繋がっていくのだからたまりません……!
とりわけ良いなーと思ったのが、物語と物語の間に挟まれるシーンです。
主人公たちが10の物語それぞれに対して、感想や意見、解釈を述べるのですが、これがすごく良い。
自分の考え方と照らし合わせる機会になるし、なにより読書仲間と物語の感想を共有しているような感覚になりました。
10の物語(短編)としても、それを繋げていく1冊の小説としても巧く効果的な作品と言えます。
おすすめの作品なので、未読の人はぜひ読んでみてくださいね。